夏目 漱石 作 硝子戸の中 二十六~三十読み手:上田 あゆみ(2024年) |
二十六
益さんがどうしてそんなに零落たものか私には解らない。何しろ私の知っている益さんは郵便脚夫であった。益さんの弟の庄さんも、家を潰して私の所へ転がり込んで食客になっていたが、これはまだ益さんよりは社会的地位が高かった。小供の時分本町の鰯屋へ奉公に行っていた時、浜の西洋人が可愛がって、外国へ連れて行くと云ったのを断ったのが、今考えると残念だなどと始終話していた。
二人とも私の母方の従兄に当る男だったから、その縁故で、益さんは弟に会うため、また私の父に敬意を表するため、・・・